では、どう設計するか——生き残る資産設計の考え方「次世代に渡すための、余白のある設計」

前回までの振り返り

こちらのコラムでは、フォースマジュールという言葉が企業の現場で増えている背景を入口に、効率化が生んだサプライチェーンの脆さと、供給の「当然」が揺らぎ始めた世界の変化を見ました。

世界は今、何が変わっているのか「フォースマジュールという言葉が増えている理由」

そして前回は、分散・流動性・継続性という資産運用の原則が、なぜ長い間後回しにされてきたのかを見ました。

「わかっていたが後回しにしてきた原則」が問われる理由 ― 分散・流動性・継続性は、なぜ今まで軽視されてきたのか

低インフレ・強気相場が続いた時代には、原則を守ることそのものがコストに見えた。しかし今、インフレの長期化、地政学リスクの常態化、供給網の不安定化という三つの変化が重なり、その「後回しにすることの合理性」が崩れ始めているという話でした。

では、これを踏まえて実際の資産設計をどう考えればよいのか。今回はその問いに向き合います。

また、このコラムは、環境変化の中で資産設計をどう考えるか、その思想と視点を整理することが目的です。具体的な判断は、それぞれの状況に応じて専門家と相談しながら行うことをお勧めします。

「増やす設計」と「生き残る設計」は、目的が違う

資産設計を考える時、多くの場合「いかに増やすか」が中心的なテーマになります。どの資産クラスに投資するか、どのタイミングで動くか、どれだけのリターンを狙うか。これは当然の関心です。

しかし、資産の規模が大きくなるほど、あるいは時間軸が長くなるほど、「増やす」と同じかそれ以上に重要になる問いがあります。それが「生き残れるか」という問いです。

生き残る設計とは、ネガティブな発想ではありません。どんな環境変化が来ても資産の骨格が崩れない構造を持つこと、そして次の世代へと資産を継続させていくこと——そのための設計です。

増やす設計と生き残る設計は、目的が違います。増やすための設計は、リターンを最大化するために最適化されます。生き残るための設計は、最悪の局面でも致命的なダメージを受けないことを優先します。この二つは必ずしも矛盾しませんが、意識的に区別して考えることが重要です。

インフレに対して、資産の構造を点検する

前回触れたように、インフレ環境では資産の種類によって影響が大きく異なります。現金・預金は実質価値が目減りしやすく長期固定金利の債券は価格が下落しやすい。一方で実物資産は、インフレに一定程度連動しやすい性質を持ちます

ここで重要なのは、「インフレに強い資産に乗り換える」という発想ではなく、「自分の資産の構造がどんな環境変化に弱いかを把握する」という発想です。

たとえば、資産の大部分が現金・預金・固定金利の債券で構成されている場合、インフレが長期化する局面では実質価値が静かに目減りしていきます。

インフレ局面における各資産クラスのリターン比較

固定金利資産

実際、2022年の米国では消費者物価上昇率(CPI)が前年比8%超となる一方、米国10年国債利回りは年初時点で1〜2%台にとどまっていました。インフレ率が金利を大きく上回ったことで、実質利回りは大幅なマイナスとなりました。
また、FRBによる急速な利上げの影響で、米長期国債ETF「TLT」は2022年に約30%下落しています。これは、固定金利資産がインフレ局面で逆風を受けやすいことを象徴する事例とも言えるでしょう(Bloombergデータ等)。

実物資産

一方で、不動産やコモディティ、インフラ関連資産などの実物資産は、インフレ耐性を持つ資産として注目されることがあります。

例えば、1970年代の米国スタグフレーション期には、株式・債券市場が低迷する中で、金価格は1971年の1オンス35ドル前後から1980年には800ドル近くまで上昇しました。また、原油価格も第一次・第二次オイルショックを背景に急騰しています(World Gold Council、IEA等)。

さらに直近でも、代表的なコモディティ指数であるS&P GSCIは、エネルギー価格高騰の影響を受け、2021年から2022年にかけて大幅に上昇しました。世界的なインフレ局面において、実物資産が相対的に強さを見せた一例と言えるでしょう(S&P Dow Jones Indices)。

ただし、実物資産への傾斜には別のリスクも伴います

不動産は流動性が低く、売却には時間がかかります。コモディティは価格変動が大きく、短期間で急落することもあります。

つまり、「インフレに強い」という一面だけを見て集中するのではなく、資産全体のバランスの中で、どう位置づけるかが重要になります。

流動性の点検——「動けなくなること」のリスク

ここで重要になるのが、「流動性」という考え方です。

流動性とは、資産をどれだけ速やかに現金化できるかという性質を指します

一般的に、株式国債預金などは流動性が高く

不動産私募ファンドプライベートエクイティなどは換金に時間がかかる資産とされています。

流動性の低い資産は、その分高いリターンが期待されることも多く、強気相場では資金が集まりやすい傾向があります。

しかし問題は、市場環境が急変した時に現れます。

LTCM破綻が示した「動けなくなるリスク」

1998年、ロシア財政危機をきっかけに、巨大ヘッジファンドLTCM(ロングターム・キャピタル・マネジメント)が破綻寸前に追い込まれました。

LTCMは、ノーベル経済学賞学者を含む著名な金融工学の専門家たちによって設立され、高度な数学モデルを用いて運用されていました。

しかし、ロシア危機による市場混乱で価格変動が急拡大すると、保有していた資産の流動性が急低下。売却したくても買い手が見つからず、ポジション整理ができなくなりました。

最終的にLTCMは約46億ドル規模の損失を抱え、FRB主導の民間金融機関による救済が行われる事態となります(FRB・各種金融史資料)。

重要なのは、資産価値が完全にゼロになったわけではなく、「動けなくなった」ことが致命的だった点です。

個人の資産設計においても、同じ構造のリスクは存在します。換金に時間がかかる資産へ過度に偏ると、急な支出、市場急変、事業環境の変化、家族事情、などに柔軟に対応できなくなる可能性があります。

だからこそ、「いざとなれば動ける余地」を意識的に残しておくことは、単なるリターン最大化とは別の軸で考えるべき重要なテーマなのかもしれません。

「オプションコスト」という発想——余白は非効率ではなく戦略である

ここで一つの考え方を紹介したいと思います。「オプションコスト」という発想です。

少し身近な例から始めます。

火災保険を考えてみてください。毎年保険料を払い続けても、火事が起きなければ「損をした」ように見えます。しかし火事が起きた時、保険に入っていた人と入っていなかった人では、その後の選択肢がまったく変わります。保険料とは、「いざという時に動ける権利」を毎年買い続けることだとも言えます。

金融の世界でも「オプション」は同じ構造を持ちます。将来ある行動をとる「権利」を、事前にコストを払って買っておく。その権利が必要にならなければコストは無駄に見えますが、いざという時に行使できる選択肢を持っていることには、それ自体の価値があります。

この発想を資産設計に応用すると、「余白を持つこと」の意味が変わります。

手元に余分なキャッシュを持つことは、運用効率を下げているように見えます。保険料を払い続けることは、何も起きなければ損に見えます。調達先や投資先を分散することは、コストの無駄に見えます。しかしこれらはすべて、「いざという時に動ける権利」を買い続けることです

そしてこのコストが最も意味を持つのは、環境が急変した時です。資産価格が大きく崩れた局面で手元にキャッシュがある人は、割安になった資産を買える立場にいます。逆に、流動性の低い資産に資金が固定されている人は、動きたくても動けない。同じ「資産を持っている」状態でも、余白があるかないかで、その後の選択肢がまったく変わります。

平時には無駄に見えるこのコストが、環境が急変した局面では「動ける側」と「動けない側」を分けます。最短距離だけを求める設計は、平時には最も合理的です。しかし想定外が起きた時、選択肢のなさが致命的な制約になる。

あえてコストをかけて複数の選択肢を持ち続けること——それは非効率ではなく、不確実な時代における積極的な戦略です。

家族資産の継続という視点——承継は「相続対策」だけではない

資産設計において、もう一つ重要な視点があります。
それが「家族資産の継続」です。

資産承継というと、相続税対策や節税スキームが注目されがちです。しかし本質的な問いは、「どうすれば次の世代に、資産の骨格そのものを引き継げるか」という点にあるのかもしれません。

歴史を振り返ると、大きな環境変化の局面で資産が大きく毀損するケースの多くは、特定の資産クラスへの集中、特定の地域・通貨への過度な偏り、そして流動性の著しい低下によるものでした。

戦後インフレが示した「現金の脆さ」

代表的なのが、戦後日本の激しいインフレです。

第二次世界大戦後、日本では急激な物価上昇が発生しました。総務省統計局などの長期データによれば、1946年から1949年にかけて消費者物価は数倍規模で上昇し、預貯金や現金の実質価値は大きく目減りしました。

戦時中から現金・国債中心で資産を保有していた層の中には、インフレによって実質資産価値を大きく失ったケースも少なくありませんでした。

つまり、「安全資産」と考えられていた現金が、環境変化によって大きなリスク資産へ変わったとも言える状況だったのです。

為替変動が資産価値を左右する時代

また、通貨への集中も大きな影響を与えます。

たとえば1985年のプラザ合意以降、円相場は急激に上昇しました。

当時、1ドル240円前後だった為替レートは、数年で120円台近くまで円高が進行しています。ドル建て資産を保有していた日本企業や投資家にとっては、為替差損が大きな問題となりました。

逆に近年では、2022年から2024年にかけて円安が急速に進み、一時は1ドル160円近い水準に達しました。輸入コスト上昇によるインフレ圧力が強まる一方、外貨資産を持つ層との格差も拡大しました。

このように、「どの通貨で持つか」「どの地域へ偏っているか」によって、同じ資産でも受ける影響は大きく変わります。

戦後の激しいインフレで現金・預金の実質価値が大きく失われた時代、為替の急変動で特定通貨への集中が裏目に出た局面——こうした事例は、「平時には問題なく見えたものが、非常時に一気に顕在化する」という構造を示しています。

家族資産を継続させるという視点から見ると、通貨の分散、資産クラスの分散、流動性の確保、そして承継の仕組みを整えることは、「リターンを高める」とは別の軸の、しかし同等以上に重要な設計課題です。特定の環境変化が来た時だけでなく、次の世代が資産を受け取る時点でも、動ける状態を保っていられるか。その問いが、家族資産の継続設計の核心にあります。

「生き残る設計」の四つの軸

ここまでの議論を整理すると、不確実な時代における資産設計には、四つの軸があると考えられます。

一つ目は、インフレ耐性です。現金・債券に偏りすぎず、実物資産を一定程度組み込むことで、インフレによる実質価値の目減りに備えるという軸です。

二つ目は、流動性の確保です。換金に時間のかかる資産の比率を点検し、いざという時に動ける余地を意識的に残しておくという軸です。

三つ目は、分散です。特定の資産クラス、地域、通貨への集中を避け、一点の問題が全体に波及しない構造を持つという軸です。

四つ目は、継続性です。自分の代だけでなく、次の世代へと資産の骨格を渡せる設計になっているかという軸です。

これら四つは、「増やす」ための最適化とは別の問いです。しかし環境変化が大きくなるほど、この四つの軸が「増やす」以上に資産の命運を左右することがあります。

まとめ

コラムを通じて見てきたのは、一つの大きな構造変化です。

効率化とグローバル化が世界を豊かにした数十年間。その豊かさの裏側で、社会も資産設計も「余裕の少ない構造」になっていった。平時には強さだったものが、環境が変わった局面では脆さへと反転する。それがサプライチェーンでも、資産設計でも、今まさに問われていることです。

分散・流動性・継続性という原則は、新しいものではありません。しかし「今は必要ない」と後回しにしてきた時代が長く続いた。今はその前提が、ゆっくりと、しかし確実に変わりつつあります。

豊かさとは何か。増えていく数字だけでなく、どんな時代にも選択肢を持ち続けられること次の世代に、動ける状態で資産を渡せることその定義を改めて問い直す局面が、来ているように思います。

最適化だけを追い求めるのではなく、あえて余白を持つこと。それが、不確実な時代における資産設計の、新しい起点になるのではないでしょうか。

本連載は以下の、専門家および資産運用・ファイナンシャルアドバイザリー会社の情報提供を基に作成しています。

業務提携パートナーのご紹介

三浦 龍太郎(Ron Miura Ryutaro)

両親は日本人のシンガポール国民/資産保全コンサルタント

日本の公立学校卒業後に米国および英国での留学・大学院修了後、海外金融業界に進み、現在はシンガポールを拠点に14年以上にわたり、日本人およびアジア在住の顧客を中心に資産運用・国際資産管理の分野に従事。

海外金融機関の活用、クロスボーダー資産管理、海外居住者向けの資産戦略など、実務経験に基づく情報を日本語ニュースレターや各種メディアを通じて発信している。

また、シンガポール移住や現地生活・金融環境に関する実務的なアドバイスも提供している。

詳細なキャリアはLinkedInでもご覧いただけます。

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会社概要

ZICO Asset Management Pte. Ltd. は、シンガポールを拠点に活動する資産運用・ファイナンシャルアドバイザリー会社です。

裕福な個人投資家、起業家、ファミリーオフィスを中心に、プライベートバンキングと金融資産の管理・運用助言を提供しています。

Zico Holdingsは、MAS(シンガポール金融管理局)による資産運用ライセンスを保有し、投資商品や有価証券、デリバティブなど複数の金融商品を対象に法令に則した助言・運用サービスを展開しています。

ZICO Asset Management は、ZICO Holdings の一事業体として、ASEAN地域におけるクロスボーダーの資産管理・ポートフォリオ戦略立案を支援し、顧客の長期的な資産形成をサポートしています。