シンガポール政府の Equity Market Development Programme(EQDP)徹底解説
別コラム「シンガポール市場上場という新たな選択肢― 東証上場企業・上場準備企業のための海外展開支援 ―」でEquity Market Development Programme(EQDP)について触れました。
シンガポール市場上場という新たな選択肢― 東証上場企業・上場準備企業のための海外展開支援 ―
シンガポール政府(MAS)は、SGXの活性化と上場企業の成長支援を目的に、Equity Market Development Programme(EQDP)を創設し、総額S$5 billion(約5,000億円)を市場に投入する計画を発表しています。
本コラムでは、EQDP:S$5 billion規模の投資プログラム について解説します。
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背景:シンガポール株式市場の課題
ここ数年、シンガポール証券取引所(SGX)は
- 上場社数が 613 社と過去 20 年で最少
- 流動性の低迷、米国市場への上場流出
といった構造的な悩みを抱えています。
この“閉塞感”を打破する切り札として、政府と金融当局(MAS)が打ち出したのが Equity Market Development Programme(EQDP) です。
EQDP の全体像 ― 5,000 億円を呼び水に、市場に血を通わせる総合パッケージ
2025 年2月、シンガポール金融管理局(MAS)は「Equity Market Development Programme(EQDP)」を正式に打ち出しました。総額 S$5 billion(約5,000 億円) という巨額の公的マネーを梃子に、資金・人・情報を同時に呼び込み立て直そうという、かつてない規模の市場改革パッケージです。
プログラムの中核は、公募で選ばれるアクティブ運用のファンドマネージャーに MAS が資金を預け入れ、シンガポール株(上場済み・新規 IPO を含む)へ機動的に投資してもらう仕組みです。
目的は3つあります。
①上場直後の株価形成を支える流動性の供給
②指数依存ではなく個社の適正バリュエーションを引き出す価格発見
③中小型株まで資金を行き渡らせることで投資参加者を拡大すること
ファンド選定のリクエストは2025 年第 3 四半期に始まり、投資契約は 2026 年末までに順次締結される見通しです。
資金注入だけでは終わりません。上場コストの実質負担を下げる税制インセンティブも並行して実施されます。
EQDP の全体像
一次上場には最大 20 %、二次上場(増資を伴うクロスボーダー上場)には 10 %の法人税リベートが設けられ、適用申請は 2028 年末まで 受け付ける予定です。さらに、運用会社には 5 %の優遇税率が適用されるほか、富裕層向けの「グローバル・インベスター・プログラム(GIP)」も改正され、新規ファミリーオフィスに対し最低 S$50 million を SGX 上場株へ投資する義務が課されます。
情報面では、従来からある Grant for Equity Market Singapore(GEMS) を拡充。上場済み中型株だけでなく、IPO 直前の企業を対象にしたアナリスト・リサーチ費用補助やデジタル IR 支援を追加し、投資家が銘柄の実力を判断しやすい環境を整えます。これら助成も 2028 年末までに申請すれば利用可能です。
そして制度インフラ面では、上場審査の迅速化と開示規制の軽量化が進みます。MAS と SGX RegCo は、目標を「IPO 承認 6〜8 週間」「財務ウォッチリストの撤廃」に置き、2025 年半ばから順次パブリック・コンサルテーションを実施中です。
要するに EQDP は、
- 公的マネーで流動性と価格発見を底上げし、
- 税制で上場コストを軽くし、
- 研究・IR で情報の非対称性を埋め、
- 規制簡素化で上場プロセスを短縮する
という四層構造で、市場の“血流”を一気に改善しようとする試みです。
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EQDP支援スキームの詳解
ファンド運用支援 ― 公的資金による共同投資
EQDPの核となる支援が、シンガポール金融管理局(MAS)が指定したファンド運用会社と共同で運用資金を供給する仕組みです。MASは最大S$5 billion(約5,000億円)を準備し、民間資金とともにシンガポール株式市場に投下していきます。
このスキームの狙いは、単に株価を押し上げることではなく、中小型株を含めた市場全体の流動性と価格発見の精度を高めることにあります。従来、指数連動型ETFでは拾いきれなかった小規模な成長企業にも、資金が届くようになることで、IPO後の価格安定や再評価のチャンスが生まれやすくなると期待されています。
なお、ファンド運用会社の選定は2025年内に始まり、投資契約は2026年末まで段階的に結ばれる予定です。これは、EQDPが一時的なバラマキではなく、中期的な資金循環の仕組みを意識した設計になっていることを示しています。
税制優遇 ― 上場企業・再上場企業にインセンティブを
EQDPでは、IPO企業に対する法人税の優遇措置も導入されました。新たにSGXに上場する企業は、法人税の最大20%を還付される特例措置の対象となります。また、日本企業などがSGXで二次上場(増資を伴うクロスボーダーIPO)する場合も、最大10%の税優遇を受けられる仕組みが整えられています。
(この税制優遇は、2028年末までの申請が有効とされており、制度の活用にはスケジュールを意識した準備が必要です。)
上場コストの実質的な負担を下げることで、企業が海外市場を目指しやすくする―その明確なメッセージが込められています。
また、機関投資家側に対しても、運用益への優遇税制(ファンドマネージャー向けFSI制度など)を通じて、長期的な市場参入が促される設計になっています。
IR・アナリスト支援 ― 情報インフラの整備と公平性の確保
シンガポール市場では、上場企業の情報開示・IR活動が、特に中小型銘柄では十分でないという課題がありました。EQDPでは、これを是正するために「GEMS(Grant for Equity Market Singapore)」を拡充し、次のような支援が追加されました。
- 上場企業に対するIR活動支援
英語でのIR資料作成、動画配信、SNS活用など、国際投資家向けの広報活動費用が補助対象となります。 - 未上場企業のリサーチ支援
IPOを検討中の企業についても、独立系アナリストによる企業価値評価やレポート作成に補助金が支給されます。これにより、上場前から投資家が企業の将来性を評価しやすくなります。
こうした制度は、日本で言えば「地方証券取引所に上場した企業にまで、プロのカバレッジを厚くする」ようなもので、流動性の低い銘柄への市場の目線を確保するための工夫とも言えます。
規制改革・審査簡素化 ― 上場までのハードルを下げる制度改正
EQDPでは、支援金や税制だけでなく、上場に向けた規制面の見直しも含まれています。SGX RegCo(SGXの規制部門)は、2025年中に以下のような変更を実施する予定です。
- IPO審査期間の短縮:
現在の平均3~4ヶ月の承認プロセスを、最短6~8週間まで短縮することを目指しています。 - 開示義務の合理化:
上場申請時に要求される将来予測の監査(プロフィットガイダンスの第三者検証)を一部不要にし、競合情報の開示も柔軟にします。
これらの制度改革は、「時間とコストをかけすぎずに、上場のチャンスを得られる市場」という新たなSGXの姿を後押しすることになります。
資金はある、でも動かない――今だからこそ動く価値
シンガポール市場には、いま5,000億円規模の投資資金が準備されています。政府系ファンド、制度支援型ファンド、富裕層のファミリーオフィスなど、「投資したい」という資金そのものは、実は潤沢に存在しています。
しかし、この豊富な資金がすぐにすべての企業に流れ込むかといえば、そうではありません。投資家たちは現在、慎重に様子を見ている段階にあります。
なぜでしょう?
それは、シンガポール市場がちょうど大きな転換点にあるからです。
新しい支援制度(EQDP)が始まったばかりで、まだ「制度がどこまで機能するのか」「新しい企業がどれだけ出てくるのか」を、投資家がじっくり見極めている最中なのです。
この状況は、言い換えれば「資金はあるのに、投資先が決まっていない」状態です。
つまり、今、上場する企業には、初動の注目や資金を集めやすいタイミングとも言えます。
たとえば、日本企業がSGXに新規上場し、グローバルにIRを展開すれば、機関投資家にとっては「新たな投資テーマ」として捉えられやすくなります。他に競合が少ない今だからこそ、メディア・アナリスト・ファンド担当者がその1社に注目する確率が高くなるのです。
こうした状況は、「制度は整ったがまだ投資先が少ない」市場特有の現象であり、
裏を返せば、最初に動いた企業が資金の「受け皿」になり得るフェーズだとも言えます。
「シンガポール金融当局(MAS)、EQDP第一弾の資金運用先を正式に発表」などを解説したコラムは後日公開
まとめ
EQDPは、単なる市場の活性化政策ではありません。
流動性の注入、企業支援、税制優遇、規制緩和の4方向から市場参加者の心理と行動を変えることを目指す、構造改革型の総合プログラムです。
企業にとっては、「上場させる」だけでなく「上場後も評価され、育つ」ことを見越した資本政策の一環として、SGXを検討する追い風になるでしょう。
そしてその追い風は、2026年〜2028年という「期限付きのチャンス」として、いままさに吹き始めているのです。
関連リンク
▶cna (MAS to launch S$5 billion programme to develop Singapore stock market)
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